競技特性を考慮した動作分析の重要性を示した烏口上腕靭帯損傷の一症例 ~ブラジリアン柔術大会のトレーナーサポートでビデオと超音波エコーを活用して~

【はじめに】

ブラジリアン柔術では,関節技による傷害をきたすことが多い.左肘の関節技で右烏口上腕靭帯の炎症所見を呈した症例に対し,試合中のビデオからの動作分析と超音波エコーの活用により,受傷機転を追究することができた.以下に,その内容を報告する.

【症例】

症例は17歳女性.競技歴5年,クラス別国際大会3位.平成24年9月の大会の試合中,左肘の関節技を決められ一本負けした.左肘の痛みは全くなく,右肩の痛みを訴えながらトレーナーのところへ来た.受傷直後,右肩触診では右小結節と右烏口突起の間に圧痛(+)熱感軽度(+),腫脹(-),運動痛としては右肩屈曲開始時に運動痛著明にて挙上不可,右肩回旋時も運動痛著明であった.打診では,右小結節および右烏口突起上Td(-),右ヤーガソンテスト(-)であった.左上肢は,肩・肘ROM正常,圧痛および運動痛(-)であった.超音波エコー観察では図1のように,右肩前面の圧痛部位に対して,超音波エコーで観察してみたところ,右烏口上腕靭帯の炎症が疑われた. その後,近医の整形外科医を受診し右烏口上腕靱帯損傷と診断された.その後,症状は軽快し国際大会に出場したが,右肩ROM正常であり圧痛所見も見られなかった.

東海スポーツ傷害研究会発表用エコー画像

図1  受傷時エコー所見

【ビデオからの受傷機転の分析】

試合中,ビデオを撮影していたので,受傷機転を分析した(図2).その結果,左肘の関節技から逃れるために後ろ周りをしながら,右肩90度外転,120度水平屈曲位となり,その位置で全体重が右肩前面に乗ってしまったために,右烏口上腕靭帯に過度な負荷がかかり炎症を起こしたことが考えられた.

東海スポーツ傷害研究会発表用画像

図2 受傷時の画像(左側の選手)

【考察】

ブラジリアン柔術による外傷・傷害の疫学的データは,文献上見当たらない.柔道については米田ら7)が,男女ともに肩甲帯・膝の外傷・障害が多く,特に女性では膝の損傷が多いことが特徴的であると思われ,これは他の多くのスポーツでの外傷・障害の性差と一致する.肩甲帯・膝に次いで多いのが肘の外傷・障害である,肘の障害が選手引退の主因であったという報告も多く,とくに肘には少年野球肘と同様の注意が喚起されている,と述べている.ブラジリアン柔術は柔道に比べ,その競技特性により肘の関節技を多用するので,肘周囲の軟部組織を傷めることが多い.しかし今回の外傷は,左肘の関節技を逃れようとして右肩前面に直接体重がかかり,右烏口上腕靭帯に損傷が起きた.その原因として,烏口上腕靭帯は烏口突起の基部外側面から突起の下面にかけて広く起始し,腱板疎部および腱板筋を被っている.また烏口突起下面より起こる線維は小結節から腱板疎部を超え大結節後方へ棘上筋の上面と下面に広がり,特に下面では腱板筋の深層をなす関節包と一体化して付着している8)ため,三角筋,棘上筋,棘下筋,小円筋,肩甲下筋に過度な体重負荷による筋収縮が生じたことにより烏口上腕靭帯が損傷したことが考えられた.

軟部組織の損傷を同定する際,触診及び超音波エコーによる画像により評価することは可能であるが,本人に対する問診だけではその受傷機転を的確に追究することは困難であったと思われる.スポーツ現場でトレーナーとしてサポートする際,急性期の外傷において医学的リスクに対して瞬時にそして安全に対応し,医師の診断に繋げることが重要であると考える.その際,問診および触診,整形外科テストと疼痛の評価に加え,超音波エコーにより受傷時の骨折や脱臼の疑いが考えられる場合は,現場に医師がいれば診察を依頼し,現場にいない場合は近隣の整形外科や救急病院での受診を依頼する.また,軟部組織の損傷が疑われるような画像が観察された場合も,安静肢位をとりできるだけ早急に医師の診察を受けるように対応することが重要であるものと考える.

スポーツ現場における傷害に関して,問診・触診・理学的検査・運動検査で得られた症状や評価から,受傷機転を把握することは可能であるとする文献もあるが,トレーナーとしてサポートする選手が一人でなかったり選手との会話が通じない場合は,ビデオ撮影が有効であるものと考える.今回の症例については,関節技をかけられた左肘の反対側で痛みを訴えてきたことから,その本人の説明と症状と,触診および理学的検査で得られた評価の情報により,受傷機転を把握することが困難であった.しかし,ビデオを観察し,ブラジリアン柔術の競技特性を考慮しながら動作分析することで,受傷機転が明確に把握することが出来たものと考える.

【まとめ】

試合中のビデオからの動作分析と超音波エコーの活用により,受傷機転を追究することが出来た.今回の症例で,トレーナーとして選手のスポーツ傷害を把握する際,問診・触診・視診・理学的検査・動作分析と客観的評価(超音波エコーの活用)により,競技特性を踏まえ受傷機転を的確に捉えることが重要であることを再認識することができた.

【参考文献】

1) 昭和大学藤が丘リハビリテーション病院編: これだけは知っておこう肩の診かた治しかた, メジカルビュー社, 2004.

2) 林光俊他編: ナショナルチームドクター・トレーナーが書いた種目別スポーツ障害の診療, 南江堂, 147-163, 2007.

3)松本勅著: スポーツ鍼灸臨床マニュアル普及版, 医歯薬出版, 2008.

4) 日本体育協会監修:, スポーツ医学研修ハンドブック基本科目,第1版第6刷, 文光堂, 2009.

5) 日本体育協会監修:, スポーツ医学研修ハンドブック応用科目,第1版第6刷, 文光堂, 2009.

6) 皆川洋至著: 超音波でわかる運動器疾患, メジカルビュー社, 2010.

7) 宗田大編, 米田實他著: 復帰を目指すスポーツ整形外科, メジカルビュー社, 514-515, 2011.

8) 菅谷啓之編, 望月智之他著: 肩と肘のスポーツ障害 診断と治療のテクニック, 中外医学社,2012.

「株式会社ゼニタ 代表取締役社長 銭田良博」 ページへ戻る